飲み屋やお酒中心のレストランでバイトされた経験がある、または現在働いてらっしゃる方はご存知だと思いますが、男と女がある程度の人数集合すると、そこで話される話題は確実に偏ります。
そういった集団なので、二十代後半から三十台前半が多いのですが、
・そこにいる参加者に似ている芸能人
・いま話題になっているドラマ
・血液型論争
・動物
占い(最近は聞きませんが)
・男女間に友情は成立するか
あたりはかなり頻繁に耳にしたものです。
見ず知らずの人であれば、なんだこいつは?と意識するくらいだが、これが顔見知りのそれも仲のいい相手、しかも異性とくれば、これは明らかに男女関係意識せざるを得ない。「いや近い近い近い!」と叫んだ挙句、「このこは自分に気があるのかな?」と思い、最終的には、好かれると好きになる、という王道。よく分かる。
ところで、この手の話は、単なる性欲と、
恋愛成就マリアの問題とを分けられる気がする。
<性欲な話>
親友だろうが友達だろうが知り合いだろうがすれ違いの人だろうが、ムラリとくれば、相手のカテゴリーおかまいなしに寝たくなる時はある。性的衝動の部分で話せば、その時もっとも問題となるのは、その人が「女」であることで、親友とか恋人とか、そういう分類自体がナンセンスなのではないだろうか。とにかくそういう時は相手に「女」以外のタグ付けはないような気がする。
なので、女性は、相手とどんな関係であれ、自分が望んでもいない限り、そういうムラリと来させるような状況を許さないことは大事なことだと思う。そういうのって、大人のマナー的なものなんではないだろうか?とも思う。密室2人きりほろ酔いで、相手ががっついてきたから失望したというのは、あまりにあんまりな話だ。本能は仕方ない。まあ女性に限らずかもしれない。男性も気をつけなければならないことだろう、きっと。
<恋愛感情の話>
こと話が寝る寝ないの話ではなくて、恋愛感情の話となると、悪戸さは際立つ。相手に思考と打算のプロセスを踏ませて勘違いさせるのは、ある意味、騙していることになるからだ。自分を好きにさせるような、思わせぶりな態度を取って、「あれ?この子は自分のことが好きなのかな?」と勘違いさせておいて、相手が食いついてきたら「その気は無い。友達のつもりだったのに。そんな目で見てたのか。ショックだ。」などとのたまう。実際、こういう人いますよね。男、女関係なくいますね。そういう人ってのは、なんというか、精神構造が子供なんじゃないだろうかと思う。要するに、他者(この場合は自分に対して恋愛感情を抱くであろう可能性のある人)をもう一人の自我として認めていないのではないだろうか?無邪気な子供のイタズラ的なのりでそういうことをする人は本当にタチが悪いと思う。
相談するのもいいだろう、人生語り合うのもいいだろう、だけど、その気もないのに自分を好きにならせるような誘導は絶対駄目ですよ。友達なら友達の精神的一線は引きましょうよ。相手は友達のカテゴリーだと思っているなら、相手に恋愛感情抱かせるような行動は慎みましょうよ。そこら辺もやっぱり大人のルールですよ。
そういうわけで、どちらの場合も、マナーというかルールというか、その辺りはわきまえるべきなのではないでしょうか。でも、わきまえていても自然に自分が相手を好きになる、相手が自分を好きになるケースもありますから、悪戸い、悪戸くないの判定は、それもう社会常識に照らし合わせるしかありません。
少なくとも、恋人同士がすることと、親友同士がすることは、あからさまに違うということだけは注意しておくべきなのではないだろうか。
<ところで>
恋愛感情は無い、相手は友達だ、でもお互いにタイミング的にムラついてしまった、寝てしまった。こんなことも起こりうるのは事実です。しかし、お互いそれで納得しているのならば、それもまたしょうがないのではないでしょうか。それから付き合うのか付き合わないのかはまた別にして、事故的にムラついて寝てしまったということはありえるのではないでしょうか。
だけど、そこまでくるともう、自己責任、としか言いようがありません。
たとえば無職の人。彼らはふつう、仕事の話をされると傷つくなんて言わない。たとえ傷つくにしても、そんなみっともないことを主張しないのが大人ってもんでしょう。
そもそも、相手の立場も分からない・テーマも決まっていない、匿名の雑談で、その話題はつまらない・無駄なんて発言するのはかなりどうかしてると思うが。そういう時には、自分で面白い話題を振り、他人に関心を持ってもらうのが筋でしょうに。自分にとって楽しい・有益な話題をただ待ってる(そして気に入らない話題にケチをつける)なんて心底呆れる。どんだけスネっ子なんだか。
恋愛専門の占いでも一人でしててくれ。
うざい、じゃなくて、面白い話題を提供して、自分で人気やら場の空気やらを勝ち取らなきゃ。あ、これ恋愛にも通じるな。
告白された瞬間は「男なんて信じられん」と思った。
なぜなら「もう恋愛なんてしたくないんだよね」と告げていたから。
恋愛対象としてみられることに嫌悪感を抱いていた、というかセックスしたくねーんだよ。
そう言ったじゃん、焼酎飲みながらさ。
落ち着いたころ信じられなくなったのは自分。
セックスはしたくないけど精神的彼氏は求めてたんだとやっと気付くバカ女。
なにが親友だ。死ね。自分死ね。
その瞬間から男を恋愛対象とみることも必要以上の知り合いとみることもなくなった。死んだ。
それが成りたかった自分であり満足している。
相手の男はそんな女に幸せになって欲しいだのこれからも友達として遊ぼうだのメールしてきた。
返信はしなかった。
私もバカだがこいつは心底バカだなと思った。
当たっている?
さっさと他の女見つけてお前が幸せになれ、バーカ!
一度親友に告白して大失敗をしたことがある。
一緒に酒を飲んでいて物凄くリアクションがいいし、楽しそうだし、実際に「○○と話してると楽しい」と言ってたし、あちこちデートに誘っても一度も断られなかったし、家にも遊びに来るというので満を持して告白したら、
「○○のことは友人として好きなんだけど……」
という定型の断り文句が帰ってきた。
「話しているととても楽しいんだけど、彼氏としては見れない」
と言われた俺は、「話していると楽しい」=恋人としての最大の要素だと当時思っていたわけで、自分の何が悪いのかが全くわからずパニックになった。その後もしばらく腐れ縁のような形でたまにご飯を食べたりしていたが、もう今は交流はない。
その後女の友達と色々話すにつれて、「女性は一般的に男を自分にとって恋愛対象であるか否か、ひと目で見抜く。話していて楽しいかどうか、性格が合うか合わないかはほとんど関係ない。性格が全然合わなくても、話していてつまらなくても、相手が恋愛対象のカテゴリに入るならば恋人になれるし、逆もまた然り。一旦どちらかにカテゴライズされたら、もうカテゴリの移動は出来ない、云々」というようなことを聞き、俺は再度パニックになった。なんだそりゃ!? しかし色々な女と話していると、どうもそれが真実のようだ。俺は恋愛に対する考え方を変えた。
恋愛はロジックでするものではない。「性格が合うから」「趣味が一緒だから」そんなロジックを積み重ねても、本能的な直感の前ではそんな戯言は吹けば飛ぶようなもので、恋愛とはもっとエモーショナルなものなのだ。ドーキンスだったか誰かが「人が恋をするのは遺伝子のせいだ」という胡散臭い説を唱えていたが、確かにそうなのかもしれない。それまでの俺はロジックで恋愛をしていた。「この子は可愛いとは思わないけれど、自分とこの部分が一緒だから一緒にいるべきなんだ」という思い込みを恋愛と勘違いしていた。こんなんで彼女が出来るわけはない。それ以来、恋愛に対してもっと直感を大事にすることを心がけた。自分が可愛いと思うか、セックスしたいと思うか、一緒にいたいと思うかをまず考えることにした。
そんなこんなで俺にも可愛い彼女が出来て、先月婚約をした。趣味は一緒だが、二人でそれを楽しんだことはないし、はっきり言って性格も合わない。ずぼらで楽観的な俺と、神経質で落ち込みやすい彼女。だが、一緒にいてこの上なく楽しいし、心から彼女を愛している。ロジックではない部分で我々は繋がっているのだと思うと、たまらなく彼女のことがいとおしくなる。これが恋愛なのだと、20代も半ばを過ぎてからようやく理解できた。
旅行はフィンランドに行こうと思っている。これも直感だ。
最近は
占いにハマってます?